鯨汁つくってみました 〜意外と知らない郷土料理〜

突然ですが、皆さんのお宅ではどんな味噌汁が定番ですか?
出汁や味噌、具材にはそれぞれ好みがあると思います。一般的に味噌汁の具として使われることが多いのは、市販されているカップ味噌汁のラインナップを見る限り、豆腐、わかめ、油揚げ、なめこ、しじみ、あさり…などでしょうか。
では、地方色の強い味噌汁(やその他の汁もの類)といえば、どんなものがあるでしょうか。農林水産省が平成19年度に選定した「郷土料理百選」に入っている汁ものを見てみると、カニが入った北海道の「鉄砲汁」をはじめ、いくつかの県で郷土料理とされている有名な「けんちん汁」、「粕汁」、「納豆汁」など、枚挙にいとまがありません。
そこで今回は、Reproキッチンスタッフのひとりが「鯨汁」を作ってみました。味噌汁にクジラを入れると聞いて驚く方もいるかもしれませんが、こちらもまた郷土料理のひとつなので、ぜひ読んで味を想像してみてください。

鯨汁(くじら汁)とは

鯨汁は主に東北〜北陸地方で食されてきた味噌汁で、郷土料理でもあります。いまでは目にする機会すらほとんどない鯨汁ですが、昔はどこでも作られていた味噌汁でした。
江戸時代に効率的な捕鯨法が生み出されてから、庶民のあいだでもクジラを食べることが普通になり、年末の行事『煤払い(すすばらい)』、いわゆる年末の大掃除のあとには鯨汁を飲むという習慣もありました。

さまざまな海のいきものを描いた歌川国芳による最も有名な鯨絵『宮本武蔵の鯨退治』

鯨汁を実際につくってみました

今回はReproキッチンスタッフが材料となるクジラを買って鯨汁をつくってみました。「クジラなんてどこで買えるの?」と思われるかもしれませんが、JR御徒町駅そばにあるスーパー『吉池』さんは特に扱っている鯨肉の種類が豊富です。こちらの鮮魚コーナーは珍しい商品がたくさん並んでいるので、東京近郊にお住まいのかたは機会があったらぜひ足を運んでみてください。吉池ファンのスタッフは、その魅力について改めて記事にするつもりです。

鯨汁との出会い

スタッフが初めて鯨汁を飲んだのは、たしか小学生のころ。場所は実家でした。生まれて初めての鯨汁に対する印象は「新感覚!なんかおいしい!」でした。鯨汁はその後も味噌汁のひとつとして定期的に食卓に出てきたので、特別な料理というわけではないことがわかりました。
それからはすっかり、スーパーの鮮魚コーナーでパック詰めされたクジラを見るたびに「具はこれがいい!」と親におねだりする子供になっていました。このときはまさか鯨汁が郷土料理で、上京後どこのスーパーにもクジラが売っていないことに絶望するとは予想していませんでした…。

鯨汁で使う鯨の部位

鯨は、例えるならマグロのようにさまざまな部位が販売されています。最も有名なのは缶詰で知られている『鯨の大和煮』でしょう。これはクジラの赤身(赤肉)を用いており、醤油をベースに砂糖や生姜などを加えて甘辛く煮込んだものです。
また、『くじらベーコン』も鮮魚売り場によく並んでいますが、これは畝須(うねす)と呼ばれる腹側の肉が主に使われています。黒皮が付いている白い脂分と赤肉が2層になっていて、これと同じ構成である背中側の皮須(かわす)が使われることもあります。
 
鯨汁で使うのは、身ではなく塩漬けにした皮(脂身)です。これが今回、スタッフが入手した鯨汁用のクジラです。くじらベーコンがお好きな方は、食感が似ているのでおそらくこちらも気に入ることでしょう。

これが塩漬けにされた鯨の皮です。先端の黒い部分を見ると、鯨だな〜と実感します。

クジラの栄養

見ただけでもわかりますが、塩クジラにはかなりの脂肪分が含まれています。ですがこれは良質な脂肪で、オメガ3系多価不飽和脂肪酸(EPA、DHAなど)が含まれており、循環器系、脳や神経系などへの好影響、炎症の緩和などが期待できます。
また赤肉は、高タンパク質・低脂肪・高ミネラル、そして低カロリーなので、ダイエット中の方などにおすすめできます。

今回購入した素くじらのパッケージにも、脂質について大きく書かれていました。

鯨汁の作り方

ではさっそく鯨汁を作っていきましょう!今回購入した塩クジラはすでに食べやすく切られていますが、柵状で売られている場合もあります。その場合は、ご自身の好きな幅で拍子切りにしてください。

【クジラの下処理】
今回は2人分の鯨汁を作るにあたって、30〜40グラムほどの塩クジラを使いました。塩クジラはとにかく脂と塩分が多いので、ちょっとした下処理が必要です。まずは塩抜きですが、ザルに入れて数分間流水を当て続けます。そのあと鍋で沸騰させた湯に入れて、茹でて余分な脂をとります。少し縮れてきたら、硬くなる前にザルにあげておきます。

【出汁をとっておく】
クジラの下処理をおこなっても、再びお湯にくぐらせればまた脂が出てきます。脂にはうまみがあるものの、この「ゆで汁」に味噌を足すだけではかなり物足りなく感じます。ですので、いつもの味噌汁を作るときと同じように、あらかじめ別で出汁をとっておきます。
今回は2人分なので出汁を400mlとっておきました。実際に自分が小さいころから飲んでいた味噌汁を郷土料理らしく再現したかったので、今回はかつお一番だしで作っています(かつお削り節を約15グラム、水を500ml使用)。鯨汁にベストな出汁というものは決まっているわけではありませんが、筆者が飲んでいた鯨汁はかつお一番だしがほとんどで、たまに煮干だしもありました。もちろん、合わせだしなどで作っても美味しいことには変わりありません。郷土料理というだけあって、家庭ごとの味もありますし、前提としてクジラの脂は出汁と強烈にぶつかることはないように思います。

さて、先ほどザルにあげたクジラを鍋に戻すと、やはり下の写真のように脂がどんどん出てきます。クジラ自体に塩気もまだ残っているので、味噌は加減しながら加えるのがコツです。

鯨汁はどんな味?

味噌汁ができあがりました。皮のコリコリとした食感がアクセントです。今回はスタッフのアレルギーの関係で野菜を入れずに豆腐やネギというシンプルな具の組み合わせにしましたが、野菜、特に茄子を入れるのがおすすめです。というのも、写真からもわかる通りクジラの脂が多いので、これを吸うことで茄子もまたさらにおいしくいただけるからです。とにかく、クジラから出てくるうまみと、野菜から染み出る甘みの相性が抜群です。
皆さんもぜひ、自分好みの鯨汁を作ってみてください。

郷土料理としてみる鯨汁

江戸時代にも鯨汁が各地で食されていたと書きましたが、当時は冷凍保存の技術がなかったため、地方によって使用されるクジラの部位が異なったといわれています。関東以北では今回味噌汁作りに使ったような、黒皮がついた脂肪部位を塩漬けにしたものが使われてきました。紀伊半島から九州にかけては捕鯨が行われていたこともあり、生のクジラ肉を汁に入れていた記録もあります。今回は郷土料理に認定されている地方の鯨汁を見ていきましょう。

北海道の鯨汁

北海道では、鯨汁は道南地域の正月料理で欠かせない一品です。塩クジラと野菜を大鍋で煮込んで三が日に食べる習慣が古くからあり、今でも道内のスーパーなどでは年末が近づくと塩クジラが多く販売され、それぞれの家庭の味が引き継がれています。塩味や味噌味でつくる家もありますが、基本的な味付けは醤油味が一般的です。大鍋で大量につくり、食べるたびに温め直すので、一緒に入れる野菜は煮崩れしないものが好まれます。
また、イベントやお祭りの際に振る舞われることもあり、一部の地域では『くじな汁』とも呼ばれています。
道南地域で鯨汁が縁起が良いとされている理由は、江戸後期からニシン漁が盛んにおこなわれていた時代があり、その際にニシンを岸に追い込んでくれるのがクジラだったからです。
また当時の北海道ではタンパク源となる塩クジラを保存食としており、これを用いた栄養価の高い鯨汁は、極寒の冬を乗り切るために欠かせない料理でもありました。

青森県のくじら汁

かつて八戸市に捕鯨基地があったことから、近隣でクジラの食文化が発達しました。青森県で鯨汁に使われるのは、これもまた背の本皮(脂身)部分で、「白身」と呼ぶこともあります。青森県の鯨汁は具だくさんが特徴で、大根、にんじん、ごぼう、じゃがいもなどを入れる傾向があります。正月には、巨大なクジラにあやかって「新しい年は大物になれるように」との願いを込め、祝い料理として大鍋で鯨汁が作られたほか、焼いた餅を入れて雑煮にすることもあったそうです。
しかし2019年の再開まで31年のあいだは商業捕鯨が行われていなかったこともあり、現在は家庭で作られる機会も正月くらいだといい、若い世代にはクジラを食べる習慣自体がほとんどありません。八戸市の朝市や郷土料理店では鯨汁を提供しているそうです。

出典:農林水産省Webサイト(https://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/k_ryouri/search_menu/menu/kujira_jiru_aomori.html)

新潟県の鯨汁

新潟県でも、塩クジラを野菜と一緒に味噌で煮た鯨汁が郷土料理とされています。かつては西日本で獲れたクジラが塩漬けにされて北前船で新潟へ運ばれてきており、特に真夏の暑い時期にスタミナ食として好んで食べられていたといいます。味噌が主流ですが、一部の家庭では醤油仕立てで食されています。具材はウリ科の野菜を入れる傾向があり、下越地方はナス、中越地方ではユウガオを入れることが多いです。
昔に比べて家庭で作られることは減ったものの、今でも食べられているほか、日本の食生活を知る意味を込めて、学校給食のメニューに取り入れられているそうです。

地元のスーパーには当たり前のように鯨(塩くじら)が並んでいます。※なんと10年前の写真です!

今回、久しぶりに鯨汁を作ってみましたが、やはり美味しかったです。出汁と味噌、そして具材がうまくあわさってようやく味噌汁という一品が完成するわけですが、出汁も味噌も具材も、それぞれさまざまな種類があります。そう考えると、いったい何通りの味噌汁が世の中に存在するのかと、一瞬だけ高校数学を思い出して途方に暮れてしまいました。
あらためて至高の味噌汁を模索してみようという方は、ぜひ下のリンクから「基本の合わせだし」作りにチャレンジしてみてくださいね。

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