マグロと並んで、赤身のお魚の代表格「カツオ」。お刺し身から鰹節まで、和食には欠かせない魚ですが、一口に「カツオ」と言っても、その種類から季節によっても味はさまざまです。今回は、そんなカツオについて詳しく解説していきます。
カツオの生態
美味しいカツオを知るためには、まずカツオの謎に満ちた生態を知る必要があります。
市場に行くと並んでいるカツオの種類は主に4種類ありますが、最も代表的な「本ガツオ」を例に、カツオの生態を。
カツオは回遊魚です
カツオの基礎を勉強するのに一番お勧めな資料は、平成21年(2009年)に東京水産振興会から発行された二平 章さん著の「カツオの回遊生態と資源」です。
14年前の資料で、最近は温暖化の影響などもあり、少し事情が変わってきているところもありますが、基本的なことは、この資料で分かります。
カツオが生まれるのは、遥か遠く、熱帯域の太平洋です。想像とは裏腹に「南の海」はカツオの餌が少ないそうです。理由は太陽の熱で表層が温かく、深海の栄養豊富な海水が対流で上層に上がって来られないため、プランクトンが少なく、結果としてカツオの餌になる小型の魚も少ないとか。
一方、北の海では栄養豊富な深層水?が上層に上がって来るのでプランクトンが豊富で、カツオの餌になる小型の魚もいっぱいいます。
このため、カツオは生まれてから、ある一定の大きさになると黒潮に乗って北の海を目指します。
日本近海の栄養豊富な海で、いっぱい栄養をつけて、丸々と太って、産卵の準備をして南の海に帰ります。
そのルートは主に4つ。
- 黒潮のルートに沿い、台湾から沖縄、種子島、四国へと向かう一番西寄りのルート
- 紀州の南側から北上するルート
- 小笠原・伊豆諸島づたいに北上するルート
- さらに東側を北上するルート
最初のルートの先には鹿児島県の枕崎や高知、2つ目は和歌山県、3つ目は焼津や銚子、と鰹節やカツオの有名な産地が点在するのも、うなずけます。
と、ここまで理解した上で、カツオの種類について。
まずは代表的な「本ガツオ」から。
カツオの種類
本ガツオ
お腹のストライプが特徴的な「本ガツオ」は、みなさんがよくご存知のいわゆる「カツオ」です。南の海から栄養をつけるために5〜6月頃に日本近海に到着したばかりの時は、脂も乗っていないし、まだ成熟しきっていません。「初ガツオ」として江戸時代から江戸っ子に珍重されているのは、そのさっぱりした口当たりを好まれたのでしょう。
北上中なので、正確には「のぼりガツオ」ということですが、江戸時代には人気沸騰で、初ガツオは2〜3両(現在の価値に換算すると6〜9万円ぐらい?)もしたそうです。
「女房質に入れても初鰹」
という川柳が残っているぐらいですから、江戸っ子はどれだけ初ガツオが好きだったのでしょうか…
のぼりガツオはどこまでのぼる?
さて、この「のぼりガツオ」は一体どこまで北上するのでしょうか?
そもそもカツオは温かい南の海生まれ。寒いところは決して得意じゃありません。しかし北に行けば行くほど、「栄養豊富な海」が待っています。
先ほどの「カツオの回遊生態と資源」によれば、
(1)黒潮優勢な銚子沖あたりまででUターンするタイプ
(2)もっと冷たい三陸沖や北海道沿岸まで北上するタイプ
がいるそうです。
この2つのタイプを分けるのは、「どれだけ栄養を蓄えて成熟したか?」です。
黒潮優勢な比較的温かい海(銚子沖あたり)で、産卵に耐えられる栄養を付けることができた成熟した個体は、そこで北上を停止して南下します。でもまだ栄養を蓄え切っていない未成熟な個体は、栄養をつけて成熟するためリスクを取ってさらに冷たい海、つまり三陸沖や北海道沿岸を目指します。
戻りガツオ
実はカツオは、皮下から縦横に走る無数の細かい血管と、皮下脂肪、消化器周りの脂肪などにより冷たい海にも耐えられるように体温を維持する独特の機能を持っています。
魚は哺乳類と違って変温動物だから、「体温は水温と同じ温度」かと思いきや、体長55cm以上になった親魚の体温は、まわりの水温に関わらず29.0℃から36.8℃を維持しています。
「36.8℃」っていったら人間と同じ体温じゃないですか!
ですから三陸沖などの冷たい海まで北上してから、反転して南下する秋からの戻りガツオは皮下の脂肪の乗りは最高です。さっぱりとした春の「初ガツオ(のぼりガツオ)」とは違う、こってりとした味わいが、江戸時代から関西地方などでは好まれていました。
迷いガツオ
最初に説明したとおり、カツオは基本的に黒潮に乗って日本列島の太平洋側を北上していきますが、たまに間違って?(いや、正確な理由は知りません)日本海側(対馬暖流)を北上してしまう個体がいます。
基本的には、「戻りガツオ」と同じで、秋から冬が旬なのですが、例えば「寒ブリ」で有名な富山県の「氷見」の迷いガツオとかは、その希少性と脂の乗りっぷりから、びっくりするような高値で取り引きされたりします。
どうです?この皮目の脂の乗り具合。
もちろん氷見だけでなく、壱岐とか佐渡とか、日本海沿岸のさまざまな場所で迷いガツオは水揚げされます。お値段との折り合いがつくのであれば、その美味しさは一度味わってみるのもお勧めです。
カツオじゃないけどカツオです
最初に「市場に行くと並んでいるカツオの種類は主に4種類あります」と書きましたが、「本ガツオ」以外の3種類は、生物学上の分類で言うと、実は「本ガツオ」とちょっとだけ異なるのです。
マグロ亜科 | マグロ属 | クロマグロ・ビンナガ | |
メバチ属 | メバチ | ||
キハダ属 | キハダ・コシナガ | ||
ハガツオ属 | ハガツオ | ||
サバ科 | カツオ亜科 | イソマグロ属 | イソマグロ |
スマ属 | タイワンヤイト・スマ | ||
カツオ属 | カツオ | ||
ソウダガツオ亜科 | ソウダガツオ属 | ヒラソウダ・マルソウダ | |
サバ属 | ゴマサバ・マサバ | ||
グルクマ属 | グルクマ |
生物学上の分類では、実はマグロもカツオも「サバ科」です。なのにゴマサバもマサバもソウダガツオ亜科に属しているサバ属とか、ちょっと変なかんじですが、この表の中で太字で書いてある、カツオ(本ガツオ)、ハガツオ、スマガツオ、ソウダガツオがカツオとして市場に並ぶ主な4種類です。
ハガツオ
まずは、「マグロ系のほとんどが属するマグロ亜科に属するけどカツオです」、と言う「ハガツオ」。
本ガツオがお腹にストライプが入っているのに対し、ハガツオは背中に斜めのストライプが入っています。それと本ガツオと比べると顔が細長く、そこから「キツネ」とか「キツネガツオ」とか呼ぶ地方もあります。そもそもは犬歯のような鋭い歯が特徴的なので「ハガツオ」と呼ばれているのですが…
マグロ亜科に属していると言われれば、本ガツオより身がピンクがかっているところが、キハダマグロやビンナガマグロの仲間なのかな?とも思わせます。
「本ガツオより水っぽい」と言われて、本ガツオより評価が低いのですが、あまりカツオくささ(あの鉄っぽい独特の風味)が少なく、サワラのお刺し身のような柔らかさと上品さがあります。
「カツオはちょっとあの鉄っぽいのが…」と言う方にはお勧めです。
ソウダガツオ
この写真は、ヒラソウダです。ソウダガツオと言うと、どうしてもうどんやそばの出汁を取る「宗田節」の材料、というイメージが強いですね。
写真のとおり、顔を見ると目と口がすごく近いので西日本では「メヂカ」と呼ばれたりします。生物学上の分類ではサバと同じソウダガツオ亜科に属していることは関係ないと思いますが、ソウダガツオもお刺し身にすると若干「癖」を感じる人がいます。
そのためか本ガツオより市場での評価は低いのですが、個人的には新鮮で、早めに内蔵を取り出すなど適切な手当をしたソウダガツオはお刺し身として十分美味しい食材です。
上の写真をごらんください。冬になると皮下から身にかけて細かい「サシ」が入って脂乗りも十分。「それでもちょっと癖が…」という方は、「なめろう」など味噌やねぎなどと合わせたりするとさらに食べやすい味になるはずです。
スマガツオ
写真で見ると、小さくて太ったカジキマグロみたいなフォルムですが、お腹に斑点があるのが特徴です。この斑点がお灸をすえた火傷の痕(ヤイト)に似ているので、関西地方では「ヤイト」と呼ばれたりします。
あまり大きな群れを作って行動しないので、基本的に漁獲量が少なく、市場では高値で取り引きされます。時には普通の本ガツオの2〜3倍の値段になったりするぐらいの「希少種」です。
スマは、はっきり言って「美味しい」です。
戻りガツオや迷いガツオの脂肪が皮目につくのに対して、スマガツオは身全体に細かいサシが入っているという感じです。
生物学上の分類ではカツオ亜科に属し、最も本ガツオに近いのに、その味は「マグロの中トロ」に最も近く、カツオ独特の「鉄っぽさ」もあまりありません。やはり秋から冬にかけて脂が乗ってきますが、
「カツオは得意じゃないけど、脂のほどよく乗ったマグロは好き!」
と言う方には是非お勧めのカツオです。昨年(2022年)には愛媛県でスマガツオの完全養殖に成功した、と言うニュースもありました。今は高級魚のスマガツオですが、いずれもっと手頃なお値段で食べられる日が来るのかもしれません。
カツオの減少と温暖化と
最初に説明した、カツオの北上する回遊ルートの一番西側、台湾・沖縄・種子島から四国へと続く黒潮沿いのルートと紀州沖を北上するルートのカツオの漁獲量は約30年前から減少傾向にあります。
最も言われる減少傾向の原因は、黒潮に乗ってカツオが日本近海へ北上する前に、熱帯域で外国漁船が乱獲しているからという説。ツナ缶がイスラム圏のハラルに適合する美味しい食品だと言うこともあり、いまやツナ缶は世界的に人気商品です。
タイには巨大なツナ缶工場群があり、国際的なカツオの相場はバンコク市場で決まると言っても過言ではありません。
一方で、「初ガツオなのにすごく脂が乗っている」という現象を指摘するむきもあります。もともと、三陸沖まで北上しても完全に成熟できなかった個体は、まだ産卵へ向けての準備が整っていないので南の海に帰らず、四国沖あたりで越年します。そして翌年また成長するために三陸沖を目指すということはありました。もしかしたら温暖化の影響で、さらに栄養を取ることができて、春先から脂の乗った個体が増えたのかもしれません。
いずれにせよ日本近海の水産資源は、常に変動リスクに瀕しています。
もし、美味しいカツオに出会ったら、その一期一会に感謝しつつありがたくいただきましょう。