スズキは癖のない淡白で上品な味わいと高い栄養価をもち、古くから日本で親しまれている魚です。昔は高級魚とされてきましたが、今では一般家庭でもよく食べられていますね。
本記事ではスズキの基本情報や種類、旬の時期、選び方や保存方法、そしてその栄養価について詳しく解説します。
目次
スズキの基本情報と特徴
スズキの生態
スズキは北海道南部から九州にかけての沿岸部や河川に生息する魚です。成魚は全長1メートルに達し、体は黒っぽい銀白色で光沢があります。
スズキは夜行性なので、昼間はあまり活動しません。沿岸部にいた個体は春から秋にかけて内湾へ移動し、冬には産卵や越冬のために深場に移動します。産卵期は秋から冬にかけてで、水深50~80メートルの岩礁域でおよそ20万個の卵を産みます。放出された卵は海中を漂い、稚魚になると沿岸の浅い藻場で成長します。
稚魚の時期は甲殻類を主なエサとしていますが、成魚になるとアジやイワシ、ハゼなどの魚も捕食し始めるという食性の変化がみられます。
前述のとおり、スズキの生息域はとても広く、沿岸の藻場や河川の淡水域、そして外洋に至るまで多岐にわたることから、多様な環境に適応する能力を持っていることがわかるでしょう。
夏に穫れるスズキは特に脂が乗っていて、刺身や塩焼き、ムニエルなどさまざまな料理に活かすことができます。皮にも旨みがあるので、皮ごと調理してその豊かな風味を楽しむことができます。
なぜ出世魚の名前が変わるのか
スズキは、ブリやサワラ、コハダなどとともに「出世魚」としても知られています。このコラムをお読みの皆さんはご存じだと思いますが、出世魚とは成長段階によって呼び名が変わる魚のことです。
スズキの場合、15センチ以下のものは「コッパ」や「ハクラ」、1年魚は「セイゴ」、2年魚は「フッコ」、そして3年以上の成魚になってやっと「スズキ」と呼ばれます。
関東での「フッコ」は、関西では「ハネ」と呼び名が異なります。
名前が変わる理由は諸説あります。魚は生息地域や生態の変化、大きさによって商品価値が変わってくるので、それを漁業や流通の場で識別するために成長過程で名前を変えたという説。
そして、日本古来の風習に紐づいて生まれたという説。
後者の説明をするにあたり、話は江戸時代に遡りますが、当時の武士たちは元服(男子が成人になったことを示す儀式)の際に、髪型を変えたり幼いころの名を改めることで成人したことを表していました。また、出世の折々で身分に応じた改名をおこなう風習もありました。今でこそ一般家庭でも調理されるようになったスズキですが、当時は高級魚だったので、このような儀礼の際のお供え物、献上品や贈答品として用いられているうちに「出世魚」という呼び方をされるようになったというわけです。
スズキの種類と主な分類
スズキ(Japanese seaperch)は、種類が豊富なことでも知られていますが、スズキ(マルスズキ)、タイリクスズキ、そしてヒラスズキの主な3種類に分類されています。それぞれ異なる特徴を持ち、異なる環境に生息しています。さっそく違いを見ていきましょう。
スズキ(マルスズキ)
最も一般的なスズキが、マルスズキです。
日本全土の沿岸から河川にかけて広く分布しています。比較的大型で全長1メートルに達することもありますが、基本的に小型でも味は良いです。このあと紹介するスズキは一般的なスズキとはひと味違うので、ぜひ比較してみてください。
タイリクスズキ
タイリクスズキは、中国や朝鮮半島沿岸で見られることが多い外来種です。日本では輸入された稚魚が主に西日本で養殖されています。このスズキは体の側面に黒い点が並んでいることが特徴で、「ホシスズキ」と呼ばれることもあります。マルスズキの幼魚にも黒点のあるものが稀にいますが、成魚になると消えます。
タイリクスズキは淡水域や汽水域でも生息することができる比較的適応力の高い魚なので、養殖もしやすく供給量も安定しています。熱を通しても身が硬く締まりすぎないことから、焼き物や揚げ物などに適しています。
ヒラスズキ
ヒラスズキは、マルスズキと外見が似ているため見分けが難しいことが多いですが、いくつかの特徴があります。まず、体が左右に平たく、より流線型の体型をしています。また、ヒラスズキは房総半島以南の磯に生息していて、荒波の中で力強く泳ぐ姿から「磯の王者」とも呼ばれます。全長は80センチ以上に達することがあります。マルスズキに比べて脂が多く、高級な魚として取引されています。切ってみると血合いが鮮やかな赤で見た目が美しいので、カルパッチョやセビーチェなどの料理にすると映えること間違いありません。
これら3種類のスズキの違いを理解しておくことで、料理をする際の楽しみ方がきっと増えるはずです。スズキの魅力を存分に引き出してみてくださいね。
スズキの旬の時期はいつ?
スズキは日本全国の沿岸で漁獲されていますが、令和4年漁業・養殖業生産統計によると、都道府県別では千葉県が1,082トンと、2位の兵庫県477トンの2倍以上の差をつけて1位となっています。3位は宮城県(382トン)、4位愛知県(286トン)、5位福島県(234トン)と続きます。
年間を通して水揚げされるスズキですが、ここでは産地ごとのスズキの旬や特徴の違いについて、1位の千葉県と4位の愛知県を例として紹介します。
スズキの産地と旬
千葉県のスズキ
栄養豊富な東京湾は、スズキの主要な産地。千葉県のスズキの旬は主に夏で、特に6月から8月にかけて脂が乗ります。
なかでも知っておきたいのは、船橋市周辺で漁獲され、千葉ブランド水産物にも認定されている「瞬〆(しゅんじめ)スズキ」。このスズキは5月から10月のあいだに獲れた形や色艶の優れたものだけが厳選され、漁獲後すぐに活〆(血抜き)・神経抜きをして鮮度を保つ技術が用いられています。時間の経過とともに変わる味わいを楽しむことができるのがこのスズキの魅力。まずは歯ごたえと食感、次に魚そのものの旨み、そして最後は熟成した旨みが楽しめます。
愛知県のスズキ
愛知県でのスズキの旬は、秋から冬にかけての9月から11月とされています。南知多町、西尾市、常滑市、碧南市などで多く漁獲され、これらの地域はスズキの主要産地となっています。小型底びき網漁業や釣り、小型定置網など、漁法は地域ごとに違いがありますが、愛知で水揚げされるスズキは総じて身の淡白さに定評があり、どんな料理にも適しているといわれています。
愛知県のスズキは、高タンパクで低脂肪ということでも知られていて、健康志向の人々にも人気があります。特に、肌の健康を保つビタミンAや老化防止に役立つビタミンEが豊富に含まれており、栄養面でも優れた食材といえるでしょう。また、冬期には珍味であるスズキの白子も漁獲され、トラフグの白子にも匹敵する美味しさといわれています。
スズキに含まれる栄養素
スズキは、栄養価が高く健康に良い成分を豊富に含む魚です。身は脂質が少く、高たんぱくで、ミネラルも豊富です。ビタミンA、ビタミンB1、ビタミンB2、鉄分、カリウムなどが含まれていて、身だけでなく皮にもビタミンDが豊富に含まれています。
夏バテ予防、皮膚や粘膜の保護、老化防止、目や骨・歯の健康維持にも効果があると言われています。これらの栄養素は、視力や免疫力の向上、抗酸化作用、骨の健康維持、そして心血管系の健康をサポートします。スズキの栄養成分とその健康効果についてもっと細かく見ていきましょう。
スズキに含まれる健康成分(100グラムあたり)
高たんぱく質と低脂肪
スズキは100グラムあたり約19.8グラムのたんぱく質を含んでおり、筋肉の修復や成長に必要なアミノ酸を摂取できます。また、脂質は4.2グラムと脂肪分も少なく、ダイエット中の方や健康管理を重視する方にも適した食材であるといえます。
ビタミンA
ビタミンA(レチノール)は約180マイクログラム含まれています。ビタミンAは視力の維持、免疫系の強化、皮膚や粘膜の健康を保つことにおいて重要です。レチノールは体内でβカロテンなどから変換されることもあり、抗酸化作用を持っています。
ビタミンD
ビタミンDは約10マイクログラム含まれていて、カルシウムの吸収を助け、骨の健康を維持してくれることで知られています。特に骨粗しょう症の予防や骨折のリスクを減少させる効果があります。また、免疫力の強化にも役立ちます。
ビタミンE
ビタミンE(αトコフェロール)は約1.2ミリグラム含まれており、強力な抗酸化作用を持ち、細胞の老化を防ぎます。ビタミンEはまた、血流を改善し、心血管系の健康をサポートします。
ミネラル
スズキはカリウムを約370ミリグラム、リンを約210ミリグラム含んでいます。カリウムは体内のナトリウムバランスを調整し、血圧を正常に保つ役割を果たします。リンはエネルギー代謝や骨の形成に必要なミネラルです。また、マグネシウムも約29ミリグラム含まれており、筋肉の収縮や神経の機能に役立ちます。
ビタミンB群
スズキにはビタミンB群もまた豊富に含まれています。
ビタミンB1(チアミン)は約0.02ミリグラム、ビタミンB2(リボフラビン)は約0.2ミリグラム、ビタミンB6は約0.27ミリグラム、ビタミンB12は約2.0マイクログラム含まれています。これらのビタミンB群は、エネルギー代謝を助け、神経機能を正常に保つために必要です。特にビタミンB12は、赤血球の生成やDNAの合成に重要な役割を果たします。
さらに、体内でエネルギーを生成するために必要なビタミンB3のナイアシンも、約3.9ミリグラム含まれています。ナイアシンは皮膚の健康を保ち、消化器系の機能をサポートしてくれます。
ビタミンC
ビタミンCは約3ミリグラム含まれており、抗酸化作用や免疫力の強化が期待できます。また、コラーゲンの生成を助ける効果もあり、皮膚や血管の健康を維持してくれます。
このように、スズキは栄養バランスに優れた魚であり、健康維持や美容に役立つ多くの成分を含んでいます。旬の時期に新鮮なスズキを選び、料理に取り入れることで、健康的な食生活を目指しましょう。
スズキの選び方と保存方法
新鮮なスズキの見分け方や保存方法を知って、より美味しいスズキを楽しみましょう。ここからは、目や体表の状態、エラの色、尾の付け根の張りなど、新鮮なスズキを見分けるための具体的なポイントについて紹介します。
新鮮なスズキの見分け方
食材を選ぶときに共通して言えることですが、スズキも新鮮な状態のものを選ぶことが重要です。
切り身の場合
切り身を買うときは、全体に透明感があることをチェックし、弾力が感じられるものを選びましょう。身がしっかりしていることだけでなく、皮の色が濃いことも確認してみてください。皮目の状態は、鮮度を見極める上で重要なポイントとなります。
一尾で買う場合 〜目の状態〜
新鮮なスズキの目は、黒く澄んでいることが重要です。目が曇っていたり、白っぽく濁っているものは鮮度が落ちている証拠です。また、張りのある目は鮮度の良い証です。
体表のツヤと鱗
スズキの体表については、全体的にツヤ・光沢があり、鱗にぬめりがあるかどうかを確認しましょう。逆に、体表が乾燥していたり、鱗が剥がれやすくなっているものは避けるべきです。
エラの色
売っているスズキのエラを開いて見てみるという機会はほとんどないかと思いますが、エラに関しては赤く色鮮やかであることが重要です。エラが茶色や黒っぽく変色している場合は、鮮度が落ちています。
尾の付け根と腹
意外と重要なポイントなのが尾のあたりです。この部分には全体の状態が反映される傾向があるので、付け根がふっくらとしっかりしているか確認しましょう。腹の部分については張りがあり、硬さを感じられることが新鮮な証です。明らかに身が柔らかくなっていることがわかる場合は、鮮度が落ちていると考えられるので避けましょう。
スズキの保存方法と注意点
スズキの美味しさを保つためには、適切な保存方法が重要です。ここでは冷蔵保存と冷凍保存のポイントについて詳しく解説します。
冷蔵保存方法
1. 下処理をする
スズキは内臓やエラから腐敗が進むため、冷蔵保存前にこれらを取り除いておきましょう。
2. 水気を拭き取る
魚から出る余分な水分(ドリップ)は生臭さの原因になるため、クッキングペーパーでしっかりと拭き取ります。クッキングペーパーで包んだまま保存するのも手です。
3. 密閉する
空気に触れると雑菌が増えやすくなるため、ラップで包み、ジッパー付き保存バッグに入れて密閉します。二重にすることで乾燥や酸化も防げます。
4. 下ごしらえする
刺身用の魚は昆布締めにする、切り身は味噌や醤油に漬けるなど、下味をつけておくと保存性が高まり、調理も簡単になります。
5. 冷蔵庫をしっかり活用して温度管理を徹底する
「チルド室」は誰もが知っていると思いますが、「パーシャル室」の存在とそれらの違いはご存じでしょうか。前者は約0℃、後者は約−3℃で保たれています。
パーシャルはパーシャルフリージングのことで、JIS(日本工業規格)によって定められているので、どの冷蔵庫のパーシャル室も共通して約−3℃です。これは魚や肉がほんのり凍り始める絶妙な温度。魚や肉を冷蔵庫に入れるなら、ぜひパーシャル室を使ってください。
ちなみに一定の容量以上の冷蔵庫の場合は、通常の冷蔵室よりも低温に保たれているので、鮮度をより長く保つことができます。
冷凍保存方法
購入したスズキをすぐに食べない場合は、新鮮なうちに冷凍しましょう!
1. 下処理をする
冷凍保存する場合も内臓やエラを取り除きます。水気はクッキングペーパーでしっかりと拭き取りましょう。
2. 急速冷凍する
冷凍に時間がかかると細胞が壊れ、解凍時にドリップが出やすくなるので気をつけてください。冷凍の温度設定を下げ、金属製のトレイにのせて急速に冷凍しましょう。
3. 密閉する
ラップで包み、ジッパー付き保存バッグに入れて密閉するのもよいでしょう。乾燥や酸化だけでなく、ニオイ移りも防げます。
4. 下ごしらえする
切り身は味噌や醤油に漬けておくと味がしみ込み、生臭さを抑えられます。
冷凍保存のポイント (1)保存期間の目安
生のまま冷凍した場合は2〜3週間、下味をつけたり加熱してから冷凍した場合は3〜4週間が目安です。
冷凍保存のポイント (2)解凍方法
冷蔵庫に移してゆっくり解凍するか、ジッパー付き保存バッグに入れたまま流水で解凍しましょう。
スズキを美味しく楽しむためには、これらの適切な方法でしっかりと保存することが大切です。新鮮なスズキの風味をさまざまな料理で楽しむことにもつながります。
スズキを使った郷土料理
スズキの奉書焼き
スズキはその豊かな風味と繊細な食感から、多くの郷土料理に用いられています。特に島根県の「スズキの奉書焼き」はその代表的な料理で、歴史ある調理法が魅力です。
「スズキの奉書焼き」は、スズキを奉書紙(ほうしょし)に包んで蒸し焼きにする島根県の郷土料理で、松江市と出雲市にまたがる宍道湖で穫れたスズキを用いることが多いです。奉書紙は高級な和紙の一種で、もとを辿れば室町時代に幕府が公文書を作るために用いていた紙ですが、現代では神事や葬儀の際に使われています。
さて、この料理の起源は江戸時代に遡り、当時の松江藩7代藩主・松平治郷(まつだいら はるさと)が、漁師のたき火を使って蒸し焼きにしたスズキを食べたがったときに、奉書紙に包んで出されたのが始まりとされています。彼は当時の代表的茶人のひとりでもあるほか、郷土の美術振興に力を入れていたというので、料理をみるセンスも持ち合わせていたのかもしれませんね。
この料理は、現在でも松江市内の料亭や飲食店で提供されており、特別な会合や祝宴の際、つまりハレの日に食べられることが多いです。また、地元の学生が調理実習を通じてこの伝統料理を学ぶなど、継承のための取り組みも行われています。家庭で作ることは少ないといいますが、地域の誇りとして大切にされている郷土料理です。
宍道湖は淡水と海水が混ざり合う汽水湖で、ここで穫れるスズキは、ヤマトシジミ、ワカサギ、シラウオ、モロゲエビ(ヨシエビ)、コイ、うなぎとともに、宍道湖を代表する魚介類「宍道湖七珍(しんじこしっちん)」として知られています。
さて、宍道湖のスズキの旬はいつでしょうか?
最も脂が乗るのは秋から初冬にかけてで、その時期が食べごろと言われています。これには、ここに生息するスズキの変わった習性が関係しています。なんと、宍道湖と中海(なかうみ)を行き来するのです。
言い伝えでは“宍道湖に落ちる雷を怖がって”、中海へと向かうとされています。確かにスズキが中海へ向かうのは、宍道湖の湖が荒れはじめる季節。この時期の雷は「スズキおとし」とも呼ばれていたといいます。
中海での回遊を終え、宍道湖に戻ってくるスズキは産卵期を迎えて体が肥え、食材としても脂がのって食べごろになっているのです。
郷土料理である奉書焼きを含めて、宍道湖のスズキは、その歴史的背景や地域の風土、自然とのつながりを感じながら味わうことができるので、島根県を訪れる際にはぜひ食してみたいですね。
島根といえば出雲大社で有名ですが、その昔スズキが高級魚として献上品にされていたという話に「出世魚」の段落でふれたとおり、古事記の出雲神話「国譲り」のなかでも、祝宴の際に出雲から大きなスズキが献上されたという記述があるそうです。
今でこそ一般的な魚であるスズキですが、深堀りすればするほど、歴史的背景など魅力にあふれた魚であることがわかります。
最後にもうひとつ豆知識を。
スズキの漢字「鱸」は、魚へんに「盧」です。「盧」は「ならぶ」「黒い」といった意味をもち、「エラの並び方に特徴のある魚」「鱗が黒っぽい色をしている魚」を表しているそうですよ。