水道水の硬度変化と水系と美味しいスコッチの水割りと

そもそも「水道水の硬度」を気にするようになったのは、以前に訪ねたラーメン屋さんが「だしがうまく取れない」という理由で臨時休業していたところから。

高幡不動にある「メヂカそば吟魚」さん

そのあたりの詳しい話は「ラーメンと水の硬度とイワシの減少とReproと」をごらんください。
そのときに、「鶏のだしも煮干のだしもダメになったのは素材じゃなくて水のせいなんじゃないか?」という話になり、店主の野間さんが水道水の元である東村山浄水場に電話したところ、水道局の方から「雨が降った後は硬度が高くなることがある」と聞いたことで、水の硬度の変化に行き着き、最終的に問題解決ができました。(浄水器の水と軟水器の水をブレンドするというすごい方法ですが)

毎日 自宅の水道水の硬度チェックを始めました

共立理化学研究所の全硬度ドロップテストキット モノタロウや楽天市場で買えます


それから「水道水の硬度」について興味を持つようになり、全硬度ドロップテスト(つまりは滴定硬度)のキットを購入し、毎日、水道水の硬度を測るようになりました。(5mg/L刻みですが)
実際にやってみると自宅の水道水の硬度は毎日変化しています。その変化の理由は何かを知りたくて、東京都水道局に電話を。
ちなみに東京都水道局ホームページの「配水系統~ご家庭の水道水情報」というページで、自分の住所を入れると、自宅の水道水がどこの浄水場から供給されているのか、そして最も身近な給水栓がどこか、まで分かります。

ご自宅の水道水がどこから来ているのかご存知ですか?

東京都水道局ホームページより転載

すると、私の自宅は江戸川に取水口を持つ「三郷浄水場」から供給されていることが分かりました。江戸川は利根川の支流ですから、最終的には自宅の水道水は、はるか新潟・群馬県境にある大水上山を水源とする、東京都の水道としては「利根川・荒川水系」に属するわけです。

東京都水道局ホームページより転載


そして、電話で対応していただいた水道局の方によると、

雨が降ると、元々の硬度が薄まって、硬度は下がります。流域の上流で降ったのか中流で降ったのかによって、実際の蛇口から出る水道水の硬度に影響するまでタイムラグがあります。

えっ?雨が降ると硬度は高くなるんじゃなかったの?
確かに雨は超軟水です。ですから雨が降れば、川の水の硬度は薄まります。ただ大雨が降れば川沿いの土砂が水に入ってカルシウムやマグネシウムが溶け込むということも考えられますが、水の硬度を上げる=炭酸カルシウム・マグネシウムがイオン化するには、ちょっと粒子が大きすぎるという説も。

雨が降ると硬度は上がるの?下がるの?

どっちが本当なんだろうと、東京都水道局のホームページをチェックしていると、水道局は毎年度に「水質年報」という浄水場ごとの水質調査の結果をまとめたレポートを報告していることを発見。
この年報では、各浄水場の硬度について四半期ごとに調査しています。(直近の年度は速報値になっています)

そこから抜粋して四半期ごとの浄水場の硬度を表にしてみました。あれ?自宅エリアが属する三郷浄水場は、過去3年度とも第3四半期(10〜12月)に硬度が最も高くなっています。最近は温暖化の影響もあり、10月に台風が来ることも珍しくありません。
10〜12月は決して降水量が少ない時期ではないはず。そして同じ江戸川のやや下流にある金町浄水場も10〜12月期に硬度が高くなっています。
やっぱり雨が降ると硬度は上がるのかなあと、確認のために三郷浄水場に電話してみました。

雨が降ると水道水の硬度は上がる、と東村山浄水場の方から伺ったのですが、別の水道局の方からは硬度は下がると伺いました。どっちが正しいのでしょう?

三郷浄水場の方はとても親切に答えてくれました。お忙しいなか、本当にすみません。

本当は、よく分からないんですよ。
どういう場所に(上流とか中流とか下流とか)、どういう雨が降ったのか(たとえば豪雨なのか、ちょっとした雨が降ったのか)にもよって結果は変わってくると思うし、私たちはできるだけ均質な水道水を供給したいと思っているのですが、雨以外にもさまざまな要素によって、硬度だけでなく、他の成分まで変わってきてしまうんですよね。

なんと!
三郷浄水場の方によると、三郷浄水場や、その下流の金町浄水場では、潮の干満によって水流が変わることも水の成分に影響したり、何かの拍子で中洲ができたりしても、水の成分は変わってきてしまうそうです。
水道水の世界って、かなり奥が深いです。

【仮説1】水道水は、その水系によって季節変動に一定のトレンドがある?

ただ自分が作った表を見て、ふと気がついたのですが、同じ利根川・荒川水系に属する三郷・金町浄水場が10〜12月期に毎年度、硬度が高くなるように、相模川水系の川崎にある長沢浄水場は毎年必ず1〜3月期に硬度が1年で最も高くなります。
多摩川水系の東村山浄水場も1年で最も硬度が高いのは毎年1〜3月期です。東村山浄水場は基本的には多摩川水系ですが、利根川・荒川水系の朝霞浄水場とつながっていて、利根川の水も原水として利用でき、両水系がブレンドされています。ですから境浄水場の方がよりピュアな多摩川水系なのかもしれませんが…。
これが気象条件によるものなのか、地形的なものなのかは分かりませんが、どうも水系によって硬度が変化するトレンドには何か法則性のようなものがあるようにも見えます。

利根川水系の降水量と水の硬度

やはり、これは実際の降水量と硬度の比較をするしかありません。
降水量といっても、江戸川(利根川の支流)にある三郷・金町浄水場の場合だと、源流は群馬・新潟県境。上流から江戸川に分かれる手前までの利根川沿岸の気象庁の観測所は、下流から、越谷・久喜・坂東・古河・館林・前橋・水上の7つです。(途中で合流する渡良瀬川水系などは割愛させていただきました)この7ヶ所について降水量を調べてみると…

あらら?直近3年度とも、最も降水量が多いのは、最も硬度が高い10月〜12月期ではなく、7〜9月期。逆に最も降水量が少ないのは1〜3月期で、三郷・金町浄水場の場合は四半期でみると、降水量と硬度に相関関係はなさそうです。

相模川水系の降水量と水の硬度

本当は東村山浄水場を調べたいところですが、東村山は多摩川の水も利根川の水も水源として使っているので、比較対象として適当ではないと判断。ほぼピュアに相模川水系を水源としている長沢浄水場(神奈川県川崎市)を調べてみました。
相模川の場合、水源は富士五湖の山中湖。長沢浄水場までの沿岸の観測所は下流から、相模湖・上野原・大月・山中の4ヶ所。こちらの降水量推移は…

相模川水系も、降水量が最も多いのは7〜9月期ですが、長沢浄水場の硬度が最も高くなる1〜3月期は、直近3年度とも、最も降水量が少ない時期になっています。一方で降水量が最も多い7〜9月期の硬度がほぼ最低値になっています。
長沢浄水場を見る限りでは、

「降水量が少ないと硬度が上がる=降水量が多いと硬度が下がる」

という考え方が当てはまっているようにも見えます。しかし本当に水系によってトレンドが違うんでしょうか?もう少し詳細に見てみますか…。
気象庁のサイトで各ポイントの四半期ではなく月別の降水量を拾って、直近3年度の降水量と三郷・金町浄水場と長沢浄水場について「相関係数」をとってみました。(データ数が少ないのであまり正確ではないかもしれませんが…)

降水量が多いと硬度は下がっているようです

各地点の降水量の表は煩雑なので、相関係数の結論だけを表にしました。
令和2年度(2020年度)と令和4年度(2022年度)についていうと、三郷・金町浄水場の降水量と硬度の相関係数は「-0.62〜-0.75」

中程度の負の相関=降水量が増えると硬度は下がる」と示しています。

同じく、令和2年度と令和4年度について長沢浄水場の相関係数は「-0.83」

強い負の相関=降水量が増えると硬度は下がる」のです。

やはり「降水量が増えると、硬度は下がる」が正解のようですが、なぜか令和3年度(2021年度)だけは、両水系とも相関係数がガクンと落ちています。2021年度に何が起きていたのでしょうか…
少なくとも遠く離れた2つの水系に同一のトレンドが見られるので、これだけのデータでは読み取れないものの、かなり広域な自然現象=「気象の何らかの変化」が2021年度には起きていたと想像できます。
さらに年度を遡って調べれば、どのくらいの頻度で令和3年度(2021年度)のような変化が発生しているのか分かるかもしれませんが、かなり時間を食う作業なので、それはどこかの大学生の卒論のテーマにでも取っておきましょう(笑)

すみませんハイボールの写真しかありませんでした

ラーメンだけでなく、普通のだしも水割りもコーヒーも硬度の影響を受けます

「ラーメンのだし」もそうですが、普通の家庭で取る昆布・かつお節だしや、ウイスキーの水割りなんかも硬度の影響を受けます。
酸の香りがするような揮発性成分がある蒸留酒は、硬度の高い水(弱アルカリ性)で割ると中和されてまろやかになる、もしくは個性が失われる、のどちらかになるかもしれません。

このあたりは、コーヒーも同じです。硬度が高いと酸味が失われます。それをまろやかになったと感じるか、味が壊れたと感じるかは個人の好みですが。(詳しくは以前に書いた『「鉄瓶でコーヒーを淹れる時 沸騰させてはいけない」の謎』をごらんください。詳細に、そして中途半端に実験しています)

使い込んだ感が出ている自宅のBRITA

BRITA(ブリタ)でどれくらい硬度を減らせるのか?

最初に紹介したラーメン屋さん「メヂカそば吟魚」さんは、業務用の軟水器と浄水器を設置してちょうどよい硬度にブレンドをしていましたが、一般の家庭ではなかなかそれは難しい。家庭用の浄水器でも、そこそこのお値段になります。
そこで、硬水を軟水にしてくれるハンディ浄水器のBRITA(ブリタ)はどれくらい硬度を下げてくれるのかテストしてみました。
この日の自宅水道水の硬度は、結構高くて90mg/Lでした。そしてBRITAでろ過した水は…

なんと「15mg/L」。

BRITAすごいです!「南アルプスの天然水」が30mg/Lぐらいですから、その半分の超軟水。ちょっと硬度が低すぎて煮干しラーメンのだしを引くには向いていないかもしれませんが…。
amazonで見ると、カートリッジが6個入りで2,980円。1個約500円で2ヶ月(総ろ過量=150L)持つそうですから、2Lのペットボトルに換算すると、75本で約500円、1本あたり6.6円です。確かにミネラルウォーターを買うよりかなり安いですね。
実際にBRITAでろ過した水道水を飲んでみると、硬度だけでなく、かなり水道水臭い風味も濾されて、やや甘い感じがする飲みあたりになっています。
節約しながら、美味しいだしや水割りを、という方には、これもひとつの選択かと。(BRITAさんの宣伝でもなんでもないので誤解なきよう)

皆さんに「硬度計測キットを買ったほうが良い」とも「BRITAを買ったほうが良い」とも、もちろん言う気はありませんが、繊細なだしやスープを取る必要がある方、もしくは「蛇口に軟水機能のない浄水器を付けているから、素敵なスコッチウイスキーを水道水で割っている」というような方は、一度水道局のホームページで、ご自宅の水道水について、硬度の季節変動トレンドを知ることも一興かもしれません。(ごめんなさい、東京都以外の道府県の水道局にそのサービスがあるかはチェックしていません…)

ミクロ的に見ると「降水量が増えると、水道水の硬度は上がる?」

それでは、いよいよ8月22日から9月22日まで1ヶ月間、自宅の水道水の硬度を測り続けた結果報告です!

オレンジの線は、東京(大手町)、埼玉(熊谷)、群馬(前橋)の合計降水量、そして青い線は自宅で測った水道水の硬度を表しています。
三郷浄水場から送水される自宅の硬度は、おおよそ70〜85mg/Lで推移しています。
同じ日付の降水量と水道水の硬度の相関係数を計算すると、

r=0.04 「相関関係はなし」です。


しかし雨が降ったあと、川の水が取水され、浄水場で処理されてから水道管を通ってはるばる都心まで来て、集合住宅のタンクに1回蓄えられたりしたのち実際の蛇口から出てくる水道水に影響を与えるとしたら、必ずタイムラグがあるはず。
オレンジの線(降水量)が突然跳ね上がっている9月8日(赤丸の部分)は台風13号の上陸で大雨が降った日です。そしてその4日後の9月12日(こちらも赤丸の部分)に、水道水の硬度が110mg/Lに跳ね上がりました。このことから、降水量の日付を4日後ろ倒しにして、水道水の硬度との相関係数を計算すると、

r=0.60  「中程度の正の相関=降水量が増えると水道水の硬度は上がる」です。

あれれ…?広い地域でマクロ的に見ると、降水量が増えると硬度は下がるはずなのに、自宅の蛇口で検証してみると、東村山浄水場の人が言っていた「雨の後は硬度が上がる」という結果になっています。
検証期間がわずか1ヶ月間ですし、万が一、台風などの影響があった場合、結果はまた変わってくるかもしれません。

ただ現時点での検証結果は以上の通りでした。まだ分からない事だらけなので、今後もできるだけ長期間、水道水の硬度検査を続けたいと思います。まずはこの1ヶ月間のご報告ということで。

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